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2011年12月20日

【小耳聞き耳】金正日死去で義弟が

19日、北朝鮮の金正日総書記の死去が伝えられた。関連して何か取材しようかと思ったが、これといって県央地域とのつながりも思い浮かばず、識者にインタビューというのもあまりにもとってつけた感じになりそうなので、あきらめた。報道はどうせ一色だろうと、積極的に情報は集めていない。聞こえてくる情報くらいで十分だろうと。

緊張感は日本人には想像が難しい。朝鮮半島の問題となれば、神奈川に住む韓国人の義弟の出番。さっそくSkypeで電話してみた。やっぱりネットで韓国のニュースや国民の声を集めていた。基本的には韓国内にはそれほどふだんと変わったようすはないらしい。

示威行為など軍事的な脅威が高まったため、軍は厳戒態勢に入ったものの、それは想定内。金正日死去のXデーに向けた対応をしていたため、決めた通りに行動しており、1週間か10日くらいは緊張状態が続くと見ている。また、94年の父、金日成死去でも同様の対応をしていることから、今回はなおさら落ち着いているようだ。

一方、国民の感情はには、畳の上?で亡くなったということに憤る人もいるという。つまり金正日は戦犯であり、処刑されるべきだったというのだ。19日朝は日本に向かってミサイルが撃ち込まれたという報道もある。韓国は何しろ北朝鮮の国境を接している。いくら北朝鮮が落ち着いているとはいえ、その

投稿者 masatosato | カテゴリー:コラム | 03:07 | トラックバック (0)

2011年11月05日

【小耳聞き耳】東京ヤクルトスワローズのサブキャラ「燕太郎」の住所が燕市に!

東京ヤクルトスワローズとのコラボ事業で球団のマスコットキャラクター「つば九郎」にちょっとしたフィーバーとなっている燕市。実は同球団にはサブキャラ「燕太郎」が存在することはあまり知られていない。その住所がなんと燕市にあることが明らかになった。

上が証拠写真だ。軽自動車税納税証明書交付申請書にはっきり「燕太郎」とある。住所は「燕市吉田日之出町1番1号」。なんと燕市役所吉田庁舎ではないか!。

すでに気がついた人も多いだろうから、これ以上ぼけて引っ張ってもしようがないので種明かしすると、吉田庁舎にある申請書の記入例の名前が「燕太郎」になっている。「吉田太郎」になっているものが多いが、燕庁舎では「燕太郎」が多いらしい。

ただ、スワローズの「燕太郎」は「えんたろう」と読む。ニックネームなので姓名とかないようだが、燕市の記入例では、姓は「つばめ」、名は「たろう」で「つばめたろう」と読む。

つば九郎には実は妹「つばみ」もいる。燕太郎は赤の他人らしいが、身体能力が高く、アクロバット的なパフォーマンスが得意だとか。名前に「燕」の文字が入っているだけに、字面だけを見れば燕市民からすると、つば九郎以上に親近感がわく。

燕太郎のブログ「燕太郎ひとごと日記」には「MISSION:燕POSSIBLE」と「燕」のだじゃれのサブタイトルもあり、同様に「燕」を「えん」と読んで「enn」ブランドを立ちあげた燕市にとっては、とても他人とは思えない。図らずしてコラボが成立している感すらある。

ところが、ことし3月の「スポニチ」の記事によると、燕太郎は不人気からリストラの危機にあるという。いっそのこと燕市が見受けするという話があるとか、ないとか…というのはうそで、一度も燕市職員から「燕太郎」の名前を聞いたことはない(笑)。

投稿者 masatosato | カテゴリー:コラム | 05:43 | トラックバック (0)

2011年03月20日

【小耳聞き耳】燕市成人式に福島から避難のはたちも

2人がどういう関係かわからないが、燕市から福島へ出掛けていた人が、福島のはたちを燕市へ連れてきたという。燕市教育委員会に問い合わせがあった。福島のはたちを20日行われる燕市の成人へ出席させてもいいですか、と。燕市教育委員会はどうぞ、どうぞ、ぜひ出席してくださいと、二つ返事で受け入れた。

福島で迎える予定だった成人式を、まさか燕市で受けるとは想像をしたこともなかっただろう。燕市が成人式を中止しなかったことも幸いしたわけだ。辛い避難生活だったが、燕市成人式はいい思い出だと、のちに懐かしく振り返るような成人式であってほしい。

投稿者 masatosato | カテゴリー:コラム | 04:25 | トラックバック (0)

【小耳聞き耳】東日本大震災の避難者にドラマ

燕市内の避難所で18日、県央サティへの買い物ツアーから帰った福島県南相馬市から避難してきた高齢の女性が、にこにこ顔で買い物袋を広げていた。取り出したのなかに、パックに入ったおはぎがあった。「彼岸の入りだから」。

大勢の知り合いを津波で知り合いを失い、原発事故で避難を余義なくされ、命からがら県境の山を越えて遠く新潟まで避難してもきても、彼岸は忘れていない。ひるがえって自分はといえば、地元では彼岸に墓参りをする習慣はあまりないとはいえ、一昨年、母を亡くしているのに彼岸が頭の隅にもなかったのが恥ずかしい。

女性は「命があっただけでもありがたい」と話していたが、彼岸で思い出すのは早くして失った夫のこと。「20年も前に彼岸の21日に亡くなったんだ」。続けて「生きてたって仕方ねー。どうせ一度は死ぬんだ」。

死を免れた喜び。しかしふと一息つけば何人もの失った人たちのことを思い出し、生き残ったことに申し訳ないと感じる。心の傷は深く、大きく揺れている。

地元は放射能で汚染されているため、すでに故郷へ戻ることをあきらめ、「これからこちらでお世話になるので、よろしお願いします」と話す人も。例え地元へ戻れても帰る家すらなく、一から生活を再建するのは困難だ。

避難所へ入ったのは17日。翌日、「きょうもここに居られるんですか?」と高齢の女性に聞かれた。「1カ月以上でも十分、いられるはずですから安心してください」とほっとしていた。この女性は、地元の避難所はコンクリートの上に毛布で、食事も一度におにぎり1個とかなり厳しい環境。それに比べると燕市の環境は天国で、長期滞在が可能であることに、にっこりだった。

鈴木市長のブログにもあるが、道の駅「国上」の駐車場に車をとめて毛布にかぶり、寒さに増るえていた親子を職員が発見し、避難所になっている「てまりの湯」で受け入れると、大きな浴場もあって宿泊が可能な施設に大感激だったと言う。

南相馬市よりさらに南で事故のあった福島原発により近い浪江町から避難してきた小学校5年生は、お年寄りから仕事は何かと聞かれるほど体格が良く、しっかりしている。親は東電で働いているという。東電が港町の経済や雇用を支えて、補助金もあっただろうし、原発は地域に多いな利益をもたらしていた。それが今回の審査では住民に牙をむいた。ちょっと複雑な気持ちになるが、自身はすこぶる元気なのはうれしい。

避難している皆さんから話を聞けば聞くだけ、震災を境にそれぞれにドラマがある。

投稿者 masatosato | カテゴリー:コラム | 03:13 | トラックバック (0)

2011年03月18日

【小耳聞き耳】放射線量の解説に隠された意図

どうも原発の専門家の放射線に関する解説があやしい。ふだんの日常生活で受ける放射線量の500倍だが、それでもレントゲン検査の数分の1の量なので、健康に心配はないという。放射線の影響を小さく評価しようとするはっきりした意志が見える。

試しに、逆に影響を高く評価するように表現してみる。平常の500倍の放射線量というは文字通り500倍だ。時間軸で換算すると、その放射線量をずっと浴び続けると、17時間でふだんの1年分の放射線を浴びることになる。さらに言い換えれば、1週間で受ける放射線の量は、ふだんの10年分にもなる。

レントゲンの数分の1と言うが、それを量の放射線を受ける時間がキモだ。単位に「パーアワー(/h)」とある。「毎時」、つまり1時間当たりの数値だ。ふだんの500倍の放射線を受け続けるということは、1日5、6回のレントゲン検査を受けているのに等しい。さらに言えば1週間で40回、月に120回ものレントゲンを受けているのと同様の放射線を受ける計算になる。

いずれも同じことを言っているわけだが、どうだろう。専門家の表現の方がごまかしに思えないだろうか。どちらの言い方を取ってもいいわけだが、テレビで接する専門家の意見のほとんどが前者の楽観的な分析ばかり。大半はかつて原発の製造、推進にかかわってきた専門家なので、原発擁護し、被害を低く見積もる方向にバイアスがかかるのは無理からぬこととも言える。

一方で17日は、事故のあった原子炉の開発者がテレビ出演した。東電はまだ隠しているデータがあるはずと指摘し、自身は開発者の責任として人前に出て説明しなければならないと思ったと声を震わせた。報道をうのみにせず、ニュースを素材のひとつとして自分の頭で考えることも大切だ。

投稿者 masatosato | カテゴリー:コラム | 08:44 | トラックバック (0)


 
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