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2003年02月10日
アンケート結果の取り扱いには、ご注意を
アンケート結果は民意とイコールか
行政が住民のアンケートをとることは珍しくない。町にどんな施設を造ったらいいかと問いかける。アンケートの結果にしたがって、この施設の要望が大きいからこの施設を造ろうと決めることが、必ずしも民意を反映しているとは限らない。
たいていの施設はないよりあった方がいいからだ。住民はどの施設の優先順位が高いか、財政状況なども考えて回答しているわけではない。署名についてもそうだ。ある施設の誘致の署名を依頼すれば、大半の人はすんなり署名してくれる。これもないよりあった方がいいからだ。
アンケートに意味がないと言いたいのではない。アンケートで住民の意向を確かめることは重要だが、それと同じくらい、アンケートの結果をどう分析し、施策に反映させるかについて慎重でなければならない。
燕市の合併アンケートの結果から民意をどう見るかは、人それぞれだろうが、合併反対派は大きく勇気づけられ、合併推進派にとってはほっと胸をなで下ろすという結果だったのではないだろうか。合併推進の立場を貫く高橋甚一燕市長にもメンツがある。明らかな合併反対の結果が出たなら、いくら自分の考えではなく、市民の考えだと説明しても、これまでともに歩んできた県央東部合併研究会の構成市町村に合わせる顔がない。
アンケートは合併へ誘導?、合併反対を選んだ方が回答が楽?
アンケート結果を見て、ふと思った。もしかしたら、合併賛成へ誘導するアンケート内容だったのではないかと。それは設問1。回答は合併に「賛成」「反対」「協議を進める」の三者択一だが、こうしたアンケートによく見られる「どちらともいえない」がない。
もし、アンケートの回答に「どちらともいえない」があったら、「協議を進める」と回答した人のうち、かなりの数の人が「どちらともいえない」に流れたと想像できる。さらに「協議を進める」の回答をなくし、代わりに「どちらともいえない」を入れたら「協議を進める」のほとんどが「どちらともいえない」に回ったのではないだろうか。
さらに考えると、「賛成」「反対」はいずれも“合併”について問いかけているのに対し、「協議を進める」は“合併の協議”について問いかけており、これを同じ設問の回答に併記するのは無理がある。ふつうに考えたら、設問はまず「合併について」、次に「合併の協議について」と、別になるだろう。
もし、「どちらともいえない」があったら、結果は今よりも合併反対に傾いたと想像できる。これを承知で「協議を進める」を設問1の回答に含めたのであれば、なかなかの策士。
反面、このアンケートでは設問1で「反対」と答えないと、さらに2、3の設問へと進まなければならない。合併問題に対してあまり関心がない人の中には、面倒だからと「反対」と答えた人がいるであろうことも加味する必要がある。
アンケートをどう読むかが問われる
一方で、50歳代前後で合併賛成が多いことも重要なポイントだ。最も政治などに関心が高く、合併問題についても多く情報を得ていると思われる世代だ。これをどう分析するかも重要で、単純にここの数が多いとか少ないとかではなく、数字の裏側を読むような、さらなる結果の分析を求めたい。
また、非現実的だし、市民に対しては失礼かもしれないが、合併問題に関する理解度を試すクイズみたいなものがあったら面白かった。設問は1だけにする代わりに「県央東部合併研究会の構成市町村を下の中から選びなさい」「県央広域市町村圏協議会は、いくつの市町村で構成するでしょうか」とかいった問題を出す。結果的に直感が正しいこともあるが、物事を判断する場合、常識的には理解度の高い方の声が優先されるべきだろう。
数字にはっきりと表れるアンケートは、明快な回答を示してくれる反面、アンケートに答えた人さえ思いも寄らない方向に進んでしまうほどの危険性をはらんでいることを忘れないでほしい。さて、今回のアンケート結果を市や市議会はどう読むのか。くれぐれもアンケートの結果の取り扱いには、ご注意を。
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投稿者 masatosato | カテゴリー:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)
2003年02月05日
合併反対はいいけど、本当にそんなに満足?
本当にやってこれたと言えるだろうか
合併すべきか、せざるべきか。いろいろな考え方があるだろうが、合併否定派のなかに、ちょっと違うんじゃないだろうかと思うことがある。否定派に現状肯定派が多いことだ。今までの市町村の枠組みで合併しないでやってこれた、だからきっとこれからもうまくやっていけるはずだ、だから合併の必要もない、と。しかし、本当にやってこれたんだろうか?。
もちろん、自分の住む町が赤字債権団体になったわけでも、潰れたわけでもない。だから、やってこれたと言われればそれまでだが、そう言い切れるほど誰もが満足するような状況なのだろうか。
男女同権や男女共同参画とかいった視点で突っ込まないでほしいが、首都圏では専業主婦がフツーだ。生活苦で奥さんが働きに出ることは肩身が狭く、人目を気にして夫がそれを止めるというケースも珍しくない。
それが地元では正反対になる。専業主婦をしていると周囲から白い目で見られるのを嫌い、経済的に働く理由がなくても世間の目を気にして働きに出る。専業主婦には「社長夫人」などの大義名分が必要だったりする。同じ働くにしても、両者に大きな隔たりがある。
三条、燕両市長は年末年始のあいさつで市職員の高給を俎上に
年末年始の三条、燕両市長の市職員に対するあいさつは、申し合わせたかのように市職員に対し恵まれた待遇に自覚を求めた。三条市長は市内では市職員の退職金が地元の企業にはない高額であることから「皆さんは恵まれていると感じてほしい」、燕市長は人事院勧告で初の給与引き下げが行われても「民間より恵まれている」と言った。
間違いではないが、市職員がそれを自覚したからと言って市民生活が変わるわけではない。確かにリストラの可能性が限りなくゼロに近い市職員は、安定という点では申し分ないが、市職員の給与が高いという前に、自分の給与、あるいは地域の給与水準を考える視点があっていい。
知り合いの地元出身で首都圏で働く30歳代後半の女性。大卒後、一部上場企業に就職し、年収は約800万円。もちろん、市職員の収入をうらやむようなことはない。職場では人並みの給料なので、とくに自分が給料をたくさんもらっているという意識はない。そんな折、Uターンを考えて地元企業を訪問したが、年収が今の3分の1になる現実に愕然。当然、Uターン計画は白紙に戻った。
両首長が高給をネタに職員を叱咤激励するのは誠に結構なことだが、それと同じか、それ以上に地元企業が高収益を上げ、給料が上がるような支援や施策に力を尽くしてほしい。市職員の高給にもの申す人たちは、自分の給料に不満はないのだろうか。市職員の給料が減り、それで溜飲を下げれば満足?。市職員の給料が下がるより、自分の給料が上がることの方がはるかにうれしいのでは?。
何となく現状に満足、だから合併反対というのは…
欲を言えばきりがないし、金に困らないから幸せというわけでもない。幸せは自分で決めるものだし、共働きだって幸せな人は山ほどいる。しかし、だからといって現状を何となく肯定するのもどうか。
もちろん、合併がこうした現状を改善してくれるとは限らないし、それを求めても期待したほどの成果は上がらないと思ったほうがいい。合併するも、しないも、どちらかが全面的にメリットがあるわけではなく、それぞれにメリットもあればデメリットもあるだろう。ただ、何となく今のままでいいというムードをベースに、だから合併反対と結論づけるような考えをいったん捨てたうえで、合併の賛否を考えてみてはどうだろう。
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投稿者 masatosato | カテゴリー:コラム | コメント (0) | トラックバック (0)