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吉田町との合併推進が詭弁でないなら…

前回のコラムの続きから。人口規模が拡大したところでどうなるの?と、疑問をもつ人もいるだろう。それには上越市を見てみればいい。仮に上越市の合併がなく、今も高田市と直江津市のままだったらどうだろう。

今は当たり前のように県内の拠点として新潟、長岡、上越と言われるが、これも合併があればこそ。対外的に市の名前は消えたが、今も上越市に旧高田市と旧直江津市の区別が至るところに存在していると聞く。燕、三条両市が合併しても同じような形になるだろう。そうした区別は残るべくして残るならそれで構わない。それより、名よりも実をとる方が先ではないだろうか。

高田市と直江津市の場合、このままでは県内の周辺地域として孤立してしまうという危機感が合併の大きな原動力になった。今、新潟と長岡の谷間となりつつある県央地域も同じような状態に直面しているのではないだろうか。産業界でも今の危機的状況を乗り切るためにも、まず手をつけられる方策のひとつが合併なのではないだろうか。

燕市議会で県央東部合併に反対している市議の中に吉田町など西蒲原方面との合併なら賛成すると言う市議がいる。それらの市議はおそらく、これまで書いたような合併の必要性は認識しているのだろう。

だとしたら責任をもって西蒲原方面との合併の推進に手を貸すべきだ。県央東部合併に反対したはいいが、あとになって西蒲原方面との合併にも乗り気にならないようなら、西蒲原方面との合併をもち出したのは、そもそも合併に反対するための詭弁だったと言われかねないからネ。

投稿者 masatosato : 2003年06月16日 12:04

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