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燕南小学校合奏団とか(1)
珍しく早朝に起きて、車を走らせていた。目的地で車を停めようとしたとき、NHK FM『名曲の小箱』のアナウンサーが曲目を紹介していっぺんに目が覚めた。チャイコフスキー作曲『イタリア奇想曲』だった。
“!”、ときた人のなかには、燕南小学校OBがいることだろう。遠い遠い昔、今はどうなっているのか知らないが、燕南小学校には4年生以上が入団できる合奏団があった。当時、小学生のリード音楽コンクールで、県大会から全国大会へ進んで当たり前の強豪校だった。
合奏団に入って2年目、5年生のときの演奏曲が『イタリア奇想曲』だった。放送されたのは尾高忠明指揮、東京フィルハーモニー交響楽団の演奏。固唾をのみ、耳をダンボにして聴き入った。
合奏団はリード楽器のハーモニカやアコーディオンが中心の構成。対してラジオから流れてきたのは管弦楽なので趣はかなり違うが、まぎれもなく小学校時代のそれ。今時の言葉でいうところの鳥肌モノ。主旋律は今もほぼ完ぺきに頭に入っている。
今、聴いてみると、あらためて難易度の高い曲だったことがわかる。目まぐるしい展開、極端なリズムの変化。よく小学生で演奏できたものだと、我ながら驚いた。
夏休みは連日、学校へ通って練習した。蒸し風呂同然の体育館の汗くさいようなかびくさいようなにおい、ざらついたステージの床板、窓にはめ込まれたさびついた鉄格子。そして何よりの楽しみだった休憩時間のおやつの氷菓「桃太郎」。
はっきりした子どものころの記憶は小学校中学年くらいからなので、まさに合奏団での練習の日々は原風景となって強烈に刻み込まれている。
思い返せば、合奏団の思い出はずっと、誇りであり、財産だった。やればできるという単純なプラス思考を手に入れた。
それもこれも、合奏団を物心両面で支えた親や先生があったからこそ。今の子どもたちも、どこかで同じような大切な思い出を残せているだろうか。何を選択するかは子どもの自由だが、そのチャンスをどれだけ子どもたちに与えられるかが、おとなや社会の責務なのだろう。
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投稿者 masatosato : 2006年04月19日 12:12
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