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テレビにサッカーを文化に育てる役割が担えるか
サッカーW杯前の日本対ドイツ戦。2-2の結果は日本にとって快勝ならぬ「快」引き分けだった。FW高原の2ゴールは、決定力不足が続く日本代表に光明をもたらし、単純に気持ちよかった。
メディアはこぞって日本代表の攻撃力を称賛し、2点を先制しながらセットプレーから2点を奪われた守備力を指摘したが、それだけ。まるでW杯で勝ち点1をゲットしたかのようなはしゃぎぶりだったが、ちょっとおかしい。
ジーコ監督も戦前のインタビューで話していたように、このゲームでは勝敗は問題ではなかった。親善試合であり、調整のための試合。それを踏まえれば、ニュースとしてはゲームの内容にこそ最大の関心を寄せなければならないが、地上波のテレビのニュースはひどかった。
高原の活躍を報じるのはいいが、選手一人ひとりを評価し、だれに問題があったのかということも同じレベルで分析する必要があったはずだが、ニュースは2失点の守備のミスを指摘するのがせいぜい。それ以上の突っ込んだ内容は皆無に等しかった。
たまたま読んだスポーツ紙は、選手全員を採点して一覧表にしていた。そこではDF宮本を最低点にしていたが、個人的にも宮本に問題が多かったと感じたゲームで、うなづける記事だった。どうも地上波は悪者をつくるのをタブーとしているらしい。これでは国内一流の選手を相手に「みんな頑張ったんだから」と甘やかしているような、子ども扱いしているような気がしてならない。
試合の中継録画もひどかった。なかでもアナウンサーだ。20年くらい前、W杯の放送は主にNHKだった。日本は出場していない時代。レギュラー選手の名前を覚えるにも、2チームで22人を覚えなければならないが、担当のアナウンサーは、強豪国の対戦でもないのに、観ている方が関心するほど選手の名前をしっかり頭にたたき込み、パス回しでボールを受けた選手の名前を次々と言っていた。
それに引き換え、今回の対ドイツ戦。日本選手の名前はわかっているから、覚えなければならないのは、ドイツの先発メンバーとしても11人だけ。ところが、アナウンサーから出てくる名前は、そのうち数人だけ。今回に限らず、このアナウンサーは日本の対戦国の選手の名前を覚える気が毛頭ないらしく、いつもイライラさせられる。先発メンバーの名前を覚えなくても平均年収1,500万円とされる民放局でアナウンサーが務まるのだから、うらやましい。
解説者も感情的な表現が多く、技術や戦術に関する話が元サッカー選手にしては異常に少なく、解説者としての役割を果たしているとは思えない。アナウンサーと解説者が絶叫しているばかりで、観ている方がしらけてしまう。
同じ局の日本代表の国際試合では、この2人のコンビがほとんど。テレビ局としては、視聴者により多くの情報を提供するよりも、視聴者との感情の共有が最優先であり、その方が視聴率も稼げるという判断があるのだろう。その証拠に、冷静に分析する解説者はスタジオ解説という役回りだった。
話は戻るが、それにしても今回は親善試合。必要以上にゲームを盛り上げる必要はなかった。
J1の草創期、サッカーはなかなか得点が入らない、引き分けが多いからおもしろくないという声をよく聞いたが、最近は聞かれなくなった。それは観戦する側が、サッカーには得点以外にも局面、局面のおもしろさがあることを学んだからにほかならない。
サッカーに限らず、スポーツは情報量が増えるほど観戦する楽しみが増す。10年前の大リーグなんて誰も観ようとは思わなかった。冬季五輪でカーリングを知れば知るほどその奥深さにはまった人も多かった。
バレーボールの国際試合をテレビ局はバラエティー番組のようにタレントを出演させてそれなりに盛り上げるが、国内リーグの盛り上がりにはつながらない。テレビにスポーツを文化として育てる役割を期待するのは無理なのだろうか。
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投稿者 masatosato : 2006年06月02日 02:02
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