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いくつになっても恩師は恩師

先に落慶法要を行った燕市熊森・勝円寺の住職、上山孝輝先生(今も気持ちでは先生)は元小学校教諭。燕南小学校時代の恩師だ。5、6年生のとき、担任ではなかったが、同じ学年の別のクラスの担任だった。

以前、上山先生が三条市内の小学校に勤務していたころ、仕事の関係で何度かお目にかかったが、昨年、寺の移転、新築の関係で久しぶりに会い、そこで初めて住職だったことを知った。元は旧分水町の役場職員で、教員のなり手を探していたときに打診され、気が進まなかったものの引き受けたというエピソードも聞いた。

上山先生は児童会も担当していた。6年生のときに児童会役員になったため、担任ではない上山先生と接する機会が多かった。当時の上山先生は、どちらかといえばピリピリしていた印象だが、友だちに言わせれば「あんたがベルマークを数えないから、あたしが代表して怒られた」とのこと。どうやら非はこちらにあったらしい(笑)。

法要に伺ったときに時間があったので、檀家の人からいろいろな話を聞いた。そのなかで驚いたのが、上山先生は寺の新築費用の寄付を檀家に求めなかったということ。後日、上山先生に合ったときにその話を出すと、上山先生は「夫婦で教員だったから、退職金で何とか…」。

寄付を求めるのが悪いわけではないし、むしろ当然。寄付をあてにする必要がなかった上山先生は恵まれていたのかもしれないが、それにしても退職金を充てるからと寄付を求めないということはなかなかできないこと。

いくつになっても恩師は恩師。いい年になってまだまだ、恩師に教えられるという立場のままだ。

ところで、当時の上山先生のクラスが同級会を計画、同級生同士、所在を確認しているとのこと。同級の人はぜひ、連絡をとりあってほしい。

投稿者 masatosato : 2006年06月23日 06:01

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