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2006年07月31日
ボランティアを装った宗教団体に注意
30日夜、午後11時過ぎに三条市内のコンビニ店で買い物をすませ、車に乗ろうとすると、若い女性に声をかけられた。もちろん、「一目ぼれしました」なんてことは、ありゃしない(笑)。手には重そうな資料を抱え、こりゃ、なんかの勧誘だなと思ったら案の定、ボランティアで発展途上国へ寄付するためにタオルなどを買ってほしいと言う。
どうも宗教団体くさいな〜と思いながら、ていねいにお断りし、団体の名称などを確認。家へ帰ってググったら、やっぱり宗教団体が関係していた。こういうときにネットのありがたみを実感する。ただ、調べると宗教団体との関係を知らずに純粋なボランティアと思って取り組んでいる人も多いとかで、いずれ洗脳されるんだとか…。深夜に活動させるだけでも、うさんくさいと感じてほしいところだけど。しかし、こんな田舎にもこうした団体が来ているのはちょっと驚き。
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2006年07月29日
雨上がりの夜空に
元RCサクセションの忌野清志郎が喉頭がんで入院したのはショックだった。東京での大学時代、コンサートバイトでRCサクセションのステージは何十回と見た。演奏を聴いていると、自然と目がうるんできたのは、RCサクセションくらいだった。
いずれ、その思い出話も書きたいが、RCサクセションの代表曲のひとつが『雨上がりの夜空に』。そんな思いもあってつい、ニュースタンクの吉田まつりの記事のタイトルを「雨上がりの夜空に第49回吉田まつり始まる」としちゃいました。(^_^;
最近もBSで矢野顕子のライブにゲスト出演した清志郎、竹中直人監督との対談を見たし、アップルのオンラインミュージックストア「iTunes Music Store」でRCサクセションのアルバム『ソウルメイツ』を買ったばかりだったのに…。
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2006年07月28日
7・13水害から2年たって(3)防災を意識を高めるには
前回のコラムで7・13水害で市民の防災意識が低かったことにふれた。で、今回はどうやったら防災意識を高めていくことができるか、手段の問題を考えてみる。
地域で防災組織を強化し、定期的に防災訓練に取り組むというのは当然、考えられる。おまけに地域コミュニティーの活性化につながる可能性もあり、進めてゆくべきことだろう。
しかし、現実的には核家族化が進み、近所付き合いが薄れるなか、地域の力に期待を寄せるのは無理がある。負担も大きく、かえって敬遠されたり、反発を買ったりと逆効果にもなりかねない。そこで提案したいのが、長岡市、旧中之島地区のような7・13水害の日の行事だ。
旧中之島地区には、昨年に続いて7月13日にあわせて犠牲者のめい福を祈る献花台が設置された。さらに、長岡市内全域で正午ちょうどに防災用のサイレンを鳴らし、全市民で黙とうをささげるよう求めた。
一方、三条市は7・13水害で堤防決壊を確認した午後1時15分に黙とうした。時間的にも昼休み明けの半端な時間。サイレンも鳴らさなかったので、一般市民はどういうきっかけで黙とうしていいか、わからなかったはずだ。
当日、サイレンを鳴らして黙とうしたり、献花台を設置したりするくらい、大した手間や経費がかかるわけではない。しかし、そうしたことを続けることで、今の親が年寄りになり、子どもがおとなになっても“その日”に何か行動することで「そういえば昔の7・13水害は…」と子や孫へ語り伝えるきっかけになる。
イベント形式でもいい。昨年、長岡市は新潟県中越地震の震災1周年祈念イベントを大々的に行っている。合同追悼式、復興の集い、復興祈念フォーラム、歩行者天国と盛りだくさんだった。犠牲者の追悼の意味と同時に、各地から寄せられた大きな支援に感謝し、そのおかげで復興できたことをアピールする意味合いもある。
また、燕市分水地区では明治29年の「横田切れ」から100年を記念し、平成8年に破堤地点にその名を冠した「横田切れ公園」を整備している。場所は忘れたが以前、テレビ番組で遠い昔に津波に遭った町で、今もその史実にちなんだ祭りが行われているのを紹介していた。
そうした後世に災害の記憶を伝え、教訓にしようという取り組みと比べると、三条市のそれはあまりにも寂しい。それどころか、早く7・13水害を忘れよう、思いださないようにしようとしているように映るのは気のせいだろうか。
ただ、ことしはどうかわからないが、一昨年、昨年と三条商工会議所青年部が復興の姿をアピールしようと三条熾盛祭(しせいさい)を開いたのはせめてもの救い…。
p.s. 三条市は、避難勧告を知った市民のうち、実際に避難行動を起こした人は何割くらいいたか、まとめてましたっけ?。多分、あると思うのでぜひ、教えてくださいませ。見逃してからすみません。
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2006年07月24日
梅雨が明けない
夏の猛暑は苦手だ。冬は寒けりゃ、その分、服を着込めばいいが、暑いのは裸になったって暑い。とはいえ、こうもじめじめした天気が続くと、さすがに体調がおかしいし、どんよりした雲を見上げているだけで「やる気」が出てこない。
暑くなって乾燥したら、今度は肌がかさつとかなるんだろうけど、せめて2、3日でいいからカラッと晴れた夏空が見たい。
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2006年07月23日
ポッポ焼きに待つこと30分
分水まつりの帰り道、リクエストのあった新潟名物「ポッポ焼き」の露店の列に並んだ。自分の番まであと数人というところで、ネタ切れ。露天商はおもむろに、ばかでかい寸胴のような鍋?にネタを入れると、これまたばかでかいミキサーのようなものでネタを混ぜ始めた。
ネタを仕込むだけで十数分間は待っただろうか。列に並び始めてからポッポ焼きをゲットするまで30分近くかかったような気がする。ふだんは座って仕事しているだけに、腰が痛いのなんの…。
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2006年07月21日
7・13水害から2年たって(2)低かった市民の防災意識や危機意識
7・13水害では、三条市の避難勧告を出すタイミングや大雨で広報車の音が聞こえなかったという問題をマスコミは盛んに取りあげたが、それは大した問題ではなかったと思う。それ以前に市民の防災に対する意識の低さが問題だった。
堤防決壊を報じてすぐ、嵐南地区に住む知り合いに電話し、状況を確認するとともに避難を勧めた。しかし、知り合いからの答えは、家の前に水は来ていないから大丈夫ということだった。電話を切ってから数十分後に、その知り合いの家は1階の天井まで届くほどの水につかり、知り合いは水没した町に取り残された。
住民に町が水没するイメージがなかった。堤防決壊でもせいぜい床下浸水くらいに思っていた人が大半だろう。その原因のひとつに、小さな水害に慣れっこになっていた事実がある。
そもそも、江戸時代ころの四日町など嵐南地区は湿地帯であり、遊水地としての機能を果たしていた。そこに人が住むようになったわけで、堤防が切れなくても大雨が降るたびに道路が冠水、床下浸水が発生するのは当然だ。いざ、堤防が決壊しても、その延長くらいに考えてしまったのもやむ得ない面がある。
しかし、はた目にはかなり異常な状態だった。燕市に生まれたが、今でこそ開発が進んだ燕三条駅周辺で冠水などが発生するが、それまでは燕市内で大雨による被害はほとんど聞いたことがなかった。
一方、三条市では大雨のたびに屋根の上を流れる五十嵐川に恐怖を感じた。五十嵐川の水位が上がると、中新や諏訪には堤防下に水の通り道があり、川の水圧が上がると、決まってそこから水が噴き出したが、市民は意外なほど冷静だった。
頻繁に大雨被害を受け、堤防決壊の危険にさらされている嵐南地区(嵐北地区も似たようなもの)の住宅地は、商品でいえば品質の低い土地だ。ところが、地価は燕市内の住宅地より5割は高いのではないだろうか。そのことをたびたび三条市民にただしたが、聞く耳をもつ人はなく、逆に「何を言い出すんだ」と変人扱いされることも。
もちろん、地価は需要と供給によって決まるわけだが、そこには水害に対するリスクが計算に入っていなかったのではないだろうか。7・13水害以降、三条市民は大雨に対して過敏なほど神経質になっているが、今の方が正常な防災意識が働いているといえる。
今のような防災意識があれば、仮に再び堤防が切れるようなことがあっても、住民は自主的にでも速やかに避難し、死者が出るような最悪の事態は免れるだろう。しかし、この意識をいつまで持ち続けられるかだ。大雨のたびに三条市が警戒体制をとっても、10年、20年と大事に至らなければ、いつかは『狼と少年』となり、再び大雨が降っても「またか」となる。
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2006年07月20日
3階のベランダに小さな赤い花
気がつくとベランダに一輪、赤い花が咲いていた。直径2センチ足らずの小さな花。水がたまりやすい所で、わずかな土の上に根を張って。
![]() ベランダに咲いた小さな赤い花 |
とはいえ、ベランダは3階。種が風で飛んでくるには高すぎるような気がする。鳥が運んできたのだろうか。いずれにしろ、長引く梅雨のじめじめ天気のなかでは、まさに一服の清涼剤。
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2006年07月17日
思いがけない粗品はうれしい
オンラインショップでメーカー再生品のハードディスクを購入したら、詫び状が入っていた。化粧箱入りの予定が、化粧箱がないものになったといった内容だったと思うが、長文の実にていねいな文章だった。
![]() ハードディスクと一緒に箱に入っていたスプーンとフォーク |
もともと化粧箱などは気にしない。商品を買ってやけに箱が大きかったりすると、捨てるのが面倒だし、今では捨てるのにも金がかかるので、店員に箱はいらないのでそっちで処分してほしいと頼んだりするくらい。
目当ての商品が展示品しかないと言われれば渡りに船。傷や汚れがあってもいいから、その分、安くならないかと値切る。モノは使えば傷がつく。ケータイだって箱を開けると同時に液晶ディスプレー保護用のシールをはがす。
ともかく、化粧箱がないくらいはまったく気にしないが、梱包された箱にはスプーンとフォークが一緒に入っていた。お詫びの粗品ということだろうか。前に同じ店から買ったときも粗品が入っていた気がしないではない。
こういう粗品はやけにうれしい。少なくとも粗品の値段以上にうれしい。あ〜、小市民(死語?)と実感する瞬間である。
ちなみにこのオンラインショップは「セレクション越後屋」で、最近になって長岡市に会社があることを知った。だからスプーンとフォーク…?。そういえば昔、岡山県であった結婚式で、引き出物が洋食器セットで苦笑したことがあったっけ。
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2006年07月15日
7・13水害から2年たって(1)退職した市職員の知恵の活用
「7・13水害から間もなく2年」のテーマでこの連載を始めたが、書き尽くさないうちに2年が過ぎてしまったので、「7・13水害から“2年たって”」に変えて仕切り直し。
7・13水害の夜、ちょうど日付が変わったころに市役所へ向かった。災害対策本部の様子は、のちに“未曾有の”と枕ことばがつくようになった大災害の割には、異様な静けさだった。幹部職員がずらりと顔をそろえていたものの、何も打つ手がなく、いすに座り、腕組みして神妙な表情。仕事といえば、時々かかってくる電話に対応するくらいだった。
仕事がなければ仮眠をとるなり、家に帰って寝るなりして、翌日のために英気を養う方が得策と思うが、大災害を前にしては、それができなかった気持ちはわかる。また、「船頭多くして船山に上る」も困るが、対策本部は逆に船頭のなり手がいないといった印象だった。
「天災は忘れた頃にやってくる」ではないが、タイミングも悪かったように思う。7・13水害とは比べものにならないが、昭和38年の三八豪雪、続く39年の新潟地震。さらに36年には御蔵橋、新大橋、渡瀬橋が流失、数カ所で堤防が決壊した8・5集中豪雨、39年には五十嵐川が氾濫した7・7水害。昭和30年代半ばから後半にかけて集中した大災害以降、7・13水害まで三条市は大きな災害を免れていた。
大災害の空白期間を数えると40年余り。これが意味するのは、当時、大災害に直面し、対応にあたった職員のほとんどがすでに退職していたということ。もし、7・13水害が10年も前に発生していたら、三条市の対応は違っていたのではないかと思えてならない。
避難所に支援物資を運び込んだら支援物資を仕分けするスペースがなくなり、配ろうにも配れなくなるということは、大災害を経験した人なら容易に推測できたのではないか。横の連携がとれず、現場で職員が正反対の行動をとっていることもたびたびあった。細かなことをあげればきりがない。
提案したいのが退職者の知恵であり、経験の活用だ。退職者辞令交付式で歴代市長は必ず、市職員で培った経験を今後も市政に生かしてほしいといった内容のあいさつを話している。7・13水害のようなときこそ、退職者の知恵を借りるときではないか。
長寿社会で70歳では現役と大差なく、80歳を過ぎても元気な人は多い。何もせずに対応を考えている時間があったらまず、消防関係を中心に過去の大災害を経験した退職者を対策本部に招き、教えを請うべきだったのではないだろうか。
ただ、7・13水害の対応を問題視しているのではない。例えば10年後に三条市が再び大災害に見舞われれば、7・13水害を体験した職員は今回よりもはるかに迅速、的確に対応できるだろう。しかし、40年後、50年後に大災害に見舞われたらどうだろう。今回と同じようになりはしないだろうか。
河川改修をしたところで、やはり設計で想定した以上の雨が降れば川はあふれ、決壊することもあり、絶対安全はない。そうである以上、7・13水害の記憶をしっかり頭に刻み込み、教訓にして子へ、孫へと伝え、市民の間に防災意識をしっかりと定着させることが、次の大災害への備えとして極めて重要な意味をもつ。
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2006年07月13日
ジダンの暴力行為をFIFAが調査とは!?
W杯決勝でジダンがマテラッティに頭突き、レッドカードを受けたことで、FIFAが調査に乗り出したという。この動きも、さすがジダンというところか。ふつうなら何を言われたとしても、手を出したら負け。どう弁解しようと誰も耳を貸してくれないが、ジダンなら別、ということなのだろう。
肉体的な暴力以上に言葉の暴力の方が相手を深く傷つけることがある。それに異論をはさむ人はいない。とはいえ、ジダンを擁護したいわけじゃないし、さほど非難する気もない。
ジダンにとって現役最後の試合、フランスにとっても優勝をかけた最後の試合。とっさの判断だろうが、それらを背負っていても我慢できない怒りがジダンにはあったのだろうし、その代償として退場や世間の批判を浴びるという大きなペナルティーを負った。それで十分という気がする。
とか言いながら、マセラッティが何を言ったのか気になるのも事実。また、頭突きをされてよろめいて転ぶならともかく、その場で体が宙に浮くほどすっ転んだマセラッティのあからさまな演技にも注目してほしいところだけど。
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2006年07月11日
ADSL止まる
10日は午後から我が家のADSLが接続できなくなった。また、支払いを忘れていたかな(笑)とNTTに問い合わせると、障害が発生しているとのこと。
仕事で外部からもアクセスできるようにしているので、これは痛い。やむをえずISDN接続に切り替えたが、ADSLが固定料金なのに対し、ダイヤルアップは従量課金。電話代がかかる。
ダイヤルアップが当然だった時代からすれば、固定料金は夢のような環境だが、すっかりそれに慣らされてイライラ。ぜいたくになったものだ。
同じように10日に障害に遭い、ADSLの代替手段として、ダイヤルアップル接続を利用した人も少なくなかっただろう。もしかして「収入が少ないから、ちょっとADSLを止めようか?」なんて、NTTの陰謀じゃないよね?(笑)。
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2006年07月10日
イタリア優勝か…。
世界のスーパースターながら、意外にカッとしやすいフランスのジダン。延長後半だが、頭突きでレッドカード。それが勝敗を分けたとは思わないが、PKをトレセゲがはずして…。
欧州予選はぼろぼろで、ジダンを呼び戻してようやく本大会に出場したフランス。まさか決勝に進むとは思わず、予想外のジダンの活躍に決勝では、フランスに肩入れてして見てたのに…。ゲームも後半はフランスが圧倒してたのに…。今さらしようがないけど、W杯はやっぱりイタリア選手の免罪符になるのか…。
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2006年07月09日
W杯は免罪符?
W杯3位決定戦は開催国ドイツがポルトガルを3-1で下し、大会的にはめでたし、めでたし。で、残すはファイナル、イタリア対ドイツの激突だ。
前評判はイタリア優勢だが、もしかしてイタリアのモチベーションを支えているのは、大スキャンダルになっているイタリア・セリエAの八百長問題で、帰国したら犯罪者になりかねないスター選手が顔をそろえる代表チーム。W杯を国に持ち帰れば免罪符になると思ってたりして…(笑)。
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2006年07月07日
7・13水害から間もなく2年(3)三条の情報提供に残る問題
7・13水害でのケンオー・ドットコムの対応について、メディアから取材依頼、行政などから照会や講演依頼がかなりあった。今も災害や情報の関連の会議に出席を求められることがある。ちなみに三条市からは何もない。
外部から寄せられる関心は、情報の収集から発信までのシステム、ワークフローに関するものが中心たが、iモードによる情報発信に対する関心も高かった。
7・13水害では電気がストップした。テレビもラジオは使えないし、電池切れしていないラジオがあったとしても、ごくわずかだろう。しかし、携帯電話はほとんどの人が持っている。電話は持っていても回線がパンク状態だったが、そのときでもインターネットはふだんとほとんど変わらずに利用できた。
ケンオー・ドットコムは一部、サーバが頻繁にダウンしたものの、情報提供を続けることができた。水害が一段落すると、被災した市民や遠方に住む被災者の親類からたくさんのお礼のメールをもらった。もっと情報を掲載してほしいとお叱りのメールもあった。言い訳になるが、最初の3日間はほぼ不眠不休。時々、1時間くらいの仮眠をとるだけで、精いっぱいだった。
水没した被災地に取り残された市民からは、電気のない真っ暗闇のなかでケンオー・ドットコムの掲示板に励まされたというメールがあった。遠方に住む人からは直接、メールで家族や知り合いが住む地域の様子を教えてほしいというメールも多く、できる限り状況を確認し、返信した。
報道は二の次、三の次で、有益な情報を提供しようと注力した。それでもあふれるように次から次へと届く情報をすべて発信できず、優先順位をつけて優先順位の低い情報を切り捨てざるを得なかったのも悔いが残る。
一方、三条市の情報提供には不満だった。市の避難勧告の発令の問題をメディアが大きく取りあげたが、ケンオー・ドットコムではほとんど扱わなかった。今まさに被災している市民がいるときに、問題を指摘する時間があったら情報提供に振り向けたのは当時、ケンオー・ドットコムを見ていた人ならわかってもらえるだろう。
そのため、小まめに市役所へ足を運んだが、途中から取材対応の窓口が一本化され、現場の職員が対応してくれなくなった。大半の職員からは「上から止められているもので…」と取材を拒否したがが、なかには「まったく、上は何を言ってるんだか」と、取材に応じてくれる職員もいた。
当時、市役所は災害対応に手一杯で、取材対応にかきまわされ、余計な時間をとられたり、混乱させられたりしたくないという気持ちは十分にわかる。しかし、災害時に正確な情報を速やかに提供することも行政の重要な仕事だ。
市職員の取材対応が内部で大きく問題視されたことも承知している。しかし、市職員といえば、地元では高給取りのエリートだ。問題が起きたらあらためて、取材があったらその内容が上に報告が必要な情報かどうかを正しく判断するよう職員に徹底すればいいだけのことだ。
それも信用できないようでは、そもそも組織として満足に機能しない。災害時のように次々と不測の事態が起こり、臨機応変に柔軟な対応が求められるときは、なおさらだ。
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2006年07月05日
7・13水害から間もなく2年(2)三条のHPの情報提供に残る問題
今さらだが、7・13水害のときを思いだしてみよう。ちょっと専門的な話になるが、三条市のウェブサーバーにアクセスが殺到して、「新着情報」の部分は今回と同じように動かなくなった。7・13水害ではその後もしばらく強い雨が降ってアクセスが殺到したため、三条市はそのたびに「新着情報」の部分をデータベースから静的なHTMLに差し替えることで対応してしのいだ。
当時、ケンオー・ドットコムも似たような状況だった。当時のケンオー・ドットコムのデータベースは、三条市以上に能力が低く、大きな災害が発生したら機能しなくなるとわかっていた。何とかしなければと思いながら手を打つ前に7・13水害が発生。案の定、データベースはダウンを繰り返した。
これに懲りて7・13水害後、真っ先に手をつけたのが、データベース部分の改善だった。データベースをあきらめ、データベースはバックエンドで動かして静的なHTMLを吐き出す形にした。昨年8月にも三条市は大雨で第2次配備体制をとったが、おかげでケンオー・ドットコムのサーバーに目立った速度低下はみられず、今回も何の問題もなく情報を提供し続けることができた。
今回、三条市がホームページを静的なHTMLに差し替えなかった理由は謎だ。第1次配備くらいでHTMLで積極的に情報提供をする必要はないという判断かもしれないが、現実に市民のアクセスが殺到した以上、行政としてはそれに応える対応をすべきである。
三条市は、今回の大雨の1週間足らず前の25日に水害対応防災訓練を行っている。訓練のなかでホームページの更新もあり、更新作業がうまくいったとの評価だった。
しかし、それはコンサート会場の警備を訓練するのに、観客を入れないで訓練し、これで本番も大丈夫と安心しているようなもの。今回のケースでいえば、別に訓練としてやらなくても、事前に業者に依頼してサーバーに負荷をかけるテストもできたはずだ。災害が発生したときはちゃんとサーバーが動くかどうかは、神のみぞ知る、ではたまったものではない。
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2006年07月04日
西の空の放射状の雲から詩の力を再認識
4日夜、母親から西の空に変わった雲が出ているとわざわざ連絡があった。見ると、放射状の雲が。変わっているような気もするが、ふだんから雲の姿を気にしているわけではないので、珍しいのかどうか、良くわからない。
![]() 4日午後8時12分の西の空 |
雲といえば、子ども心に強烈に残っているのが、テレビアニメ「巨人の星」の星飛雄馬の彼女だったかが、空を見上げて「おーい雲よ…」と呼びかけるように話した言葉。なんだか、妙に感動したのを覚えている。見たのは夏休み中だったような気がする。
なにげにググったら詩人、山村暮鳥(1884-1924)が生前に入稿、死後の1925年に刊行された「雲」だったことがわかった。それも大正末期の作品でもちろん、初めて知った詩人。ネット上でも同じような感動を共有した人が多かったことも知った。
詩にはあまり興味がないが、詩のもつ言葉の力を今さらながら再認識させられた。
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2006年07月03日
7・13水害から間もなく2年(1)三条のHPの情報提供に残る問題
30日夜の大雨で三条市のホームページを稼働するサーバーはお粗末だった。回線が細いのか、それともサーバーの能力が足りないのだろうか。ホームページの閲覧がスローダウンした。トップページに「新着情報」という部分がある。ここはデータベースで動かしているのだろうが、ピーク時にブラウザがタイムアウトしてしまうほど遅く、ダウンしたも同然の状態だった。
ケンオー・ドットコムのサーバーでは、今回の大雨でそうした問題を確認していない。アクセスのピーク時は午後23時の1時間で、1万ページビューを超えた。もっとも、このページビューはすべてのページをカウントしていないうえ、携帯版サイトはまったくカウントしていないので、それらも含めると1時間に1万5000ページビューくらいあったと推測できる。
ケンオー・ドットコムで使っているサーバーは、個人でも借りられるていどの料金の共用レンタルサーバー。1台のマシンを複数のサイトで兼用している。三条市のホームページにどれくらいのアクセスがあったか知らないが、カウンターを見る限り、ふだんのアクセスはケンオー・ドットコムの半分くらいで、今回の大雨でもケンオー・ドットコムより多かったとは思えないし、仮に多くても大差ないレベルだろう。
そうした比較をする以前に、災害の危険性が高まったときに市民が情報を求める早くて手軽な、有効な手段であるホームページが現実に思うように機能しなかったのは問題だ。
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2006年07月02日
フランスがサッカー王国ブラジルを撃破!
優勝候補は優勝できない。ヨーロッパ開催ではヨーロッパの国が優勝する。そのジンクスは準々決勝のフランス対ブラジルでも引き継がれることになった。ブラジルはロナウドのワントップ、その下にロナウジーニョというシステムがまったく機能していなかったにもかかわらず、後半もメンバーもフォーメーションも変えずに入った。
後半12分、フランスはジダンからのフリーキックにアンリがあわせて、1-0とリード。ブラジルは後半中盤になってアドリアーノ、シシーニョ、ロビーニョと投入、猛攻をしかけたが、とき既に遅し。どうもブラジルのそうそうたるスター選手をもってすれば、1点差くらいは簡単に跳ね返せるという“おごり”があったような気がしてならない。
一方、ジダンは十八番のマルセイユ・ルーレットをはじめ、華麗なプレーをみせた。観客席はブラジルの応援が多かったらしいが、ジダンのプレーに魅せられたのだろう、テレビを見ていてもフランスへの声援がどんどん大きくなり、フランスを後押しした。結局、ロナウジーニョがバルセロナでみせるような輝きをブラジル代表で放つことはできず、W杯で引退を表明したジダンが輝いたのは皮肉だった。
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2006年07月01日
アルゼンチン敗退…(T_T)
サッカーW杯準々決勝、アルゼンチン対ドイツ戦は1-1の末、PK戦でドイツが勝利。メッシーもアイマールもサビオラも投入しないまま、我がアルゼンチンはW杯のピッチを去り、なんだかまだ、負けた気がしない。これから本番をやろうよって感じ。大雨でゲーム観戦に集中できなかったのは、せめてもの神様の計らいだったのか…。
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