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7・13水害から間もなく2年(3)三条の情報提供に残る問題

7・13水害でのケンオー・ドットコムの対応について、メディアから取材依頼、行政などから照会や講演依頼がかなりあった。今も災害や情報の関連の会議に出席を求められることがある。ちなみに三条市からは何もない。

外部から寄せられる関心は、情報の収集から発信までのシステム、ワークフローに関するものが中心たが、iモードによる情報発信に対する関心も高かった。

7・13水害では電気がストップした。テレビもラジオは使えないし、電池切れしていないラジオがあったとしても、ごくわずかだろう。しかし、携帯電話はほとんどの人が持っている。電話は持っていても回線がパンク状態だったが、そのときでもインターネットはふだんとほとんど変わらずに利用できた。

ケンオー・ドットコムは一部、サーバが頻繁にダウンしたものの、情報提供を続けることができた。水害が一段落すると、被災した市民や遠方に住む被災者の親類からたくさんのお礼のメールをもらった。もっと情報を掲載してほしいとお叱りのメールもあった。言い訳になるが、最初の3日間はほぼ不眠不休。時々、1時間くらいの仮眠をとるだけで、精いっぱいだった。

水没した被災地に取り残された市民からは、電気のない真っ暗闇のなかでケンオー・ドットコムの掲示板に励まされたというメールがあった。遠方に住む人からは直接、メールで家族や知り合いが住む地域の様子を教えてほしいというメールも多く、できる限り状況を確認し、返信した。

報道は二の次、三の次で、有益な情報を提供しようと注力した。それでもあふれるように次から次へと届く情報をすべて発信できず、優先順位をつけて優先順位の低い情報を切り捨てざるを得なかったのも悔いが残る。

一方、三条市の情報提供には不満だった。市の避難勧告の発令の問題をメディアが大きく取りあげたが、ケンオー・ドットコムではほとんど扱わなかった。今まさに被災している市民がいるときに、問題を指摘する時間があったら情報提供に振り向けたのは当時、ケンオー・ドットコムを見ていた人ならわかってもらえるだろう。

そのため、小まめに市役所へ足を運んだが、途中から取材対応の窓口が一本化され、現場の職員が対応してくれなくなった。大半の職員からは「上から止められているもので…」と取材を拒否したがが、なかには「まったく、上は何を言ってるんだか」と、取材に応じてくれる職員もいた。

当時、市役所は災害対応に手一杯で、取材対応にかきまわされ、余計な時間をとられたり、混乱させられたりしたくないという気持ちは十分にわかる。しかし、災害時に正確な情報を速やかに提供することも行政の重要な仕事だ。

市職員の取材対応が内部で大きく問題視されたことも承知している。しかし、市職員といえば、地元では高給取りのエリートだ。問題が起きたらあらためて、取材があったらその内容が上に報告が必要な情報かどうかを正しく判断するよう職員に徹底すればいいだけのことだ。

それも信用できないようでは、そもそも組織として満足に機能しない。災害時のように次々と不測の事態が起こり、臨機応変に柔軟な対応が求められるときは、なおさらだ。

投稿者 masatosato : 2006年07月07日 06:52

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