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7・13水害から2年たって(3)防災を意識を高めるには

前回のコラムで7・13水害で市民の防災意識が低かったことにふれた。で、今回はどうやったら防災意識を高めていくことができるか、手段の問題を考えてみる。

地域で防災組織を強化し、定期的に防災訓練に取り組むというのは当然、考えられる。おまけに地域コミュニティーの活性化につながる可能性もあり、進めてゆくべきことだろう。

しかし、現実的には核家族化が進み、近所付き合いが薄れるなか、地域の力に期待を寄せるのは無理がある。負担も大きく、かえって敬遠されたり、反発を買ったりと逆効果にもなりかねない。そこで提案したいのが、長岡市、旧中之島地区のような7・13水害の日の行事だ。

旧中之島地区には、昨年に続いて7月13日にあわせて犠牲者のめい福を祈る献花台が設置された。さらに、長岡市内全域で正午ちょうどに防災用のサイレンを鳴らし、全市民で黙とうをささげるよう求めた。

一方、三条市は7・13水害で堤防決壊を確認した午後1時15分に黙とうした。時間的にも昼休み明けの半端な時間。サイレンも鳴らさなかったので、一般市民はどういうきっかけで黙とうしていいか、わからなかったはずだ。

当日、サイレンを鳴らして黙とうしたり、献花台を設置したりするくらい、大した手間や経費がかかるわけではない。しかし、そうしたことを続けることで、今の親が年寄りになり、子どもがおとなになっても“その日”に何か行動することで「そういえば昔の7・13水害は…」と子や孫へ語り伝えるきっかけになる。

イベント形式でもいい。昨年、長岡市は新潟県中越地震の震災1周年祈念イベントを大々的に行っている。合同追悼式、復興の集い、復興祈念フォーラム、歩行者天国と盛りだくさんだった。犠牲者の追悼の意味と同時に、各地から寄せられた大きな支援に感謝し、そのおかげで復興できたことをアピールする意味合いもある。

また、燕市分水地区では明治29年の「横田切れ」から100年を記念し、平成8年に破堤地点にその名を冠した「横田切れ公園」を整備している。場所は忘れたが以前、テレビ番組で遠い昔に津波に遭った町で、今もその史実にちなんだ祭りが行われているのを紹介していた。

そうした後世に災害の記憶を伝え、教訓にしようという取り組みと比べると、三条市のそれはあまりにも寂しい。それどころか、早く7・13水害を忘れよう、思いださないようにしようとしているように映るのは気のせいだろうか。

ただ、ことしはどうかわからないが、一昨年、昨年と三条商工会議所青年部が復興の姿をアピールしようと三条熾盛祭(しせいさい)を開いたのはせめてもの救い…。

p.s. 三条市は、避難勧告を知った市民のうち、実際に避難行動を起こした人は何割くらいいたか、まとめてましたっけ?。多分、あると思うのでぜひ、教えてくださいませ。見逃してからすみません。

投稿者 masatosato : 2006年07月28日 10:57

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