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三条夏まつりの市民民謡踊り流しに改善の余地

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まつりは地元の住民のためのもの。あえてほかの町のまつりと比べる必要はない。とはいえ、「同じ阿呆なら踊らにゃ損」でもないが、どうせなら楽しいに越したことはない。

ことしの三条夏まつりは、3日間とも願ってもない好天で盛り上がった。一方でまつりの計画段階では三条商工会議所が夏まつりから距離を置く、さらには夏まつりの中止を含めて検討するといったニュアンスの報道に動揺が広がったが、内容の見直しはあっていい。

市民民謡踊り流しは、以前からもう少しなんとかならいのだろうかと思っている。踊り手に笑顔がほとんどない。一部の踊り好きを除いては、粛々と踊っているという印象だ。企業の動員が多いのがいちばんの理由だろう。その証拠に、企業単位の参加は前半の『三条音頭』でお役御免となるところが多く、後半の『三条おけさ』の方が明らかに雰囲気がいい。

三条市民にとっては当たり前の静かな民謡踊りの風景かもしれないが、これが燕市の飛燕夏まつりとなると正反対。初めて見る人には異常とも映るほど、盛り上がる。この原動力は、町内単位の参加が主体であることだろう。『燕ばやし』にあわせて叫ぶようにそれぞれの町名を発声することもあり、町内対抗の様相。ほかの町内に負けまいと声を張り上げるうちに、ヒートアップする。

吉田まつりのよさこいソーランも圧巻。野外コンサート並みの音響と設備で、会場は中心商店街から離れているが見物客は多く、目抜き通りにこだわる必要がないことを教えてくれる。神社のまつりにあわせた分水まつりは露店がずらりと並んでいるのが子どもたちにはうれしい。ほかの夏まつりより浴衣率が高く、雰囲気はいちばんだ。

三条夏まつりの関係者は、ほかの夏まつりを見る機会はあまりないだろう。夏まつりの在り方を考える前に、まずはほかの夏まつりを視察してはどうだろう。よそのまつりを真似するのは三条市のプライドが許さないかもしれないが、高橋三条市長も話していたように、よさこいソーランはここ数年であっという間に夏まつりの行事に代名詞のひとつになった。

いずれにしろ、ほとんどの町にとって夏まつりは、人と金の面で1年で最大の行事。それが少しでも有効に生かされ、市民が楽しめる行事になることを願う。

p.s. ごく個人的な意見では、花火は長岡まつりより先にならないだろうか。長岡の花火を見たあとの三条の花火はあまりにしょぼい…。それと夜店市は夏まつりと切り離してもいいような気が。夜店市単独の行事として十分に楽しめると思うし、夏まつりでそがれるエネルギーを夜店市に注力すれば、さらに盛り上がるかも?。

投稿者 masatosato : 2006年08月09日 05:22

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