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情報発信の難しさ、怖さ

ホームページにブログに掲示板。誰でも個人が手軽に情報発信できる時代。情報発信といえば簡単に聞こえるが、情報を発信する内容や主体によって当然、重みや影響力もまったく違ってくる。

一昨年の7・13水害では、堤防の決壊の報告を受け、すぐにでもケンオー・ドットコムで情報を発信したかったが、確認作業をしてからにした。「まさか」の気持ちがあったのと、万が一、誤報だったらと考えると、事の重大さを鑑みても絶対に間違いは許されない。

決壊の情報は、出動中の消防関係者などを通じて得たので、確度はかなり高かったが、それでも三条市の担当へ直接、連絡をとるなど確認作業を進めた。

そのため、決壊の情報を得てから発信に至るまで数分間遅れてしまったが、最低限の手順は踏むためであり、それによるタイムラグはやむを得ず、適切な対応だったと確信している。

4日昼に三条市の住宅に強盗が入り、逃走中との通報を三条市はホームページの「安全・安心情報」に掲載、同時にいっせいメール配信した。しかし、その後、事件性はないことがわかった。

三条市がどういう基準、どういうタイミングで安全・安心情報を出しているのか知らない。市教委ではそのつど、協議するということらしい。今回は警察から強盗の通報があった時点でメール配信したが、結果から見れば勇み足で、次からは警察による事件発生の有無を確認してから配信すればいいということになるが、話はそう単純ではない。

今回のように犯人が逃走中という場合はなおさら、警察が裏付けをとるのを待っていて、その間に犯人が二次的な犯行を重ね、せっかくのメール配信が意味をなさないということある。今回でも通報からメール配信までは1時間以上、たっている。逃走経路まで下調べした計画的な犯行なら、それでも間に合わないだろう。

どのタイミングが最善かは状況にもよるが、情報の確度と早さをどう折り合いをつけるかだ。行政の第一目的は住民の生命と財産を守るとことだ。市民の安全を守るために情報の信頼性にかかわらず、住民に危険が及ぶと推測される内容の通報に関しては確認がとれる前に情報発信するという基準でもいい。

逆に誤報が多くては「狼と少年」で、市民の情報に対する関心が低下するので、確認がとれるまでは情報を発信しないという判断もある。どっちにしろ、市民、行政の両方の立場から一長一短がある。

少なくとも三条市は、安全・安心情報の発信の基準を明確にし、情報を掲載しているホームページに基準を掲載すると同時に、その基準を市民に周知すべきだ。基準を定めるにもアンケートをとるなり、委員会をつくるなり、児童生徒の保護者など市民の考えも入れて検討したらいい。

いずれにしろ、今回の件でいちばん驚いたのは市教委だろう。問い合わせの電話の殺到は予想を超えていたに違いない。日常業務に差し支えるようでは、市教委、警察ともほかに重要な情報を見逃すことにもなりかねない。メール配信では、あわせて電話による問い合わせは控えるよう求め、代わりに随時、ホームページに最新情報を掲載すると案内するという手もある。もっとも、先の防災情報のようにホームページを見ようとしたらアクセスが集中してホームページが開かないということになれば、いっそう不安をあおりかねないので、システムの増強の必要もある。

10月には三条会場でも「地域ICT未来フェスタinにいがた」が開かれる。サッカー日本代表のオシム監督も敗戦から学ぶことを多いと語っている。今回を含め、先の防災情報などの事例は、まさに学ぶことが多く、これをICT未来フェスタで三条市が過去の事例として発表できれば、大した度量だが…。

投稿者 masatosato : 2006年09月05日 03:51

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