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2006年10月27日

救急車に乗った

ちょうど実家に顔を出していたときに、母が倒れた。これにはビビッた。ふだんは高血圧なのに、低血圧だとか言い、床に腰を下ろしたと思ったら、ドン!と大きな音をたててそのまま後ろに倒れた。10秒くらい意識のない状態が続き、こりゃ、もうだめかと思った。

その後の検査でストレスが原因と思われる十二指腸潰瘍が見つかったものの、命にかかわるような病気ではなかったが、倒れたときはさすがにパニクった。

110番?、119番?と、ふだんなら迷うはずのないところに迷った。消防署が川をはさんで、はす向かいのこともあり、消防署を出る救急車がサイレンの音がはっきり届いた。家の前の道路は一方通行なので、救急車が遠回りをしなければならないのはわかるが、だんだんに音が小さくなり、しまいには聞こえなくなった。しばらくたっても到着しないので外へ出ると、救急車の回転灯の赤い光が見えた。夜遅かったので、かなり早めにサイレンの音を止めていたとわかった。

救急車に乗ったのは中学生のときに自転車で事故を起こして患者として乗って以来。当時は、転院搬送のとき、わずかに意識があったときにベッドから車内を見上げた記憶がかすかにある。そのわきには親がいた。

それが今度は逆の立場で救急車に乗ったわけだ。当時、親はどんな気持ちで救急車に乗っていたんだろうと思うと…。親の心、子知らずと言うが、当時の親の気持ちを思い知らされたようだった。

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2006年10月24日

ソフトバンク予想外割のインパクト

翌日の番号ポータビリティ制度実施を前に23日夜、ソフトバンクモバイルの孫社長が満を持して新サービスを発表した。目玉はソフトバンクモバイル同士の通話料を無料にするという驚きの内容だった。

もっとも以前からいずれ、携帯電話の通話料金は固定になるだろうとの予測もあっただけに、いきなりの通話料無料は驚きだったが、長期的に見ればいつか到来することだったと言える。

しかし、前から携帯電話の通話料が固定電話より高いのか、納得がいかなかった。固定電話は全国くまなく、まさに網の目のように電話線を張り巡らせている。一方、携帯電話は基地局を設置するだけ。素人考えかもしれないが、どうひっくり返っても設備費、さらに保守には固定電話の方が経費がかかるのではないだろうか。

固定電話側からの高料金維持の要請もあったのかもしれないが、孫社長によれば、携帯電話会社他社の利益はそれぞれ1兆円、5千億円。「もうけ過ぎ」と指摘する孫社長は、まさにその通り!と膝を打つ。これで携帯の通話料が適正価格になってくれたら、番号ポータビリティ制度の最大の貢献かも。

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2006年10月19日

2008年からたばこの自販機購入にIC認証

2008年から自販機にIC認証を導入し、ICカードがない未成年が自販機でたばこを買えないようにするんだとか。抜け道はいくらでも考えられる。何のためなんだか。

自分が愛煙家で、肩身が狭くなるから文句を言っているわけではない。わざわざ自販機をIC認証にしなくても、たばこの取扱店が少ない一部地域は例外として、たばこの自販機の設置を禁止すればいいだけのこと。それがなぜか、さらにIC認証機能付きの“高い”自販機を導入しようというのだから。

結局、だれが得をするか考えれば…。きっとそういうことでしょう。高速道路料金のETCカード、以前に大きな問題になった社会保険事務所の携帯端末にしてもそうだが、この手の話はあちこちにあるね〜。

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2006年10月16日

「若さ」「よそ者」は三条市長としてマイナス?

三条市長選に名乗りをあげた国定勇人氏に対する批判的な声が「若さ」と「よそ者」の言葉に集約にされている。的を射た意見のように聞こえるが、それが正しい判断かどうかは、過去にさかのぼって逆説的に考えればわかりやすい。

20年余り前を振り返ってみてほしい。県央地域の玄関口となる三条・燕インタ、燕三条駅が相次いで完成。三条の商店街も休日にシャッター通りとなることはなく、今と比べればはるかに活気にあふれていた。

交通の大動脈が整備され、期待感が広がる一方で、将来に対する危機感も高まりつつあった。金物卸業界だっただろうか。中小零細企業に事業継続に関するアンケートをとるたび、現経営者の代で廃業するという回答が大半だった。複雑でコストがかかっていた流通の構造的問題もあるが、これまではアンケートの結果通りに淘汰が進んできた。

商店街の経営者も後継者がいないどころが、子どもには店を継がせたくないと考える人がほとんどだった。これもその通りに今日まで歩んできた。その間、市長を務めてきたのは「高齢?」な「地元出身」の市長である。三条に生まれ育ち、経験豊かな市長でも三条を低迷へと導く時代の潮流に逆らうことはできなかった。そう考えると、「若さ」も「よそ者」も国定氏への批判の言葉にはあたらないし、それを理由に批判する人たちは歴代市長の功績を高く評価しているのだろう。

若い、よそ者が三条市長に就いたことはないので、市民が不安に思うのは当然だが、今の高橋三条市長にしたところで元は経営者。助役や市議からの市長ならあるていど想像はできるが、いくら長い経営の経験があろうと、その手腕を市長としてどれだけ発揮できるか、力量にしてもまったくの未知数だったはずで、やってみなければわからないというのが正直なところだ。

一方、国定氏が三条市には「魅力」があり、「好き」と正面切って公言していることに、歯が浮くような違和感を感じた。三条市民の多くは、それなりに郷土愛はあるだろうが、いったいどれくらいの人が胸を張って三条市に魅力があり、好きだと言えるだろうか。そう言い切れない理由は、前段で書いた「古き良き時代」の三条を知っていて、それと比べてしまうからではないだろうか。

ごく一握りのいわば勝ち組を除いて市民も企業もすっかり疲弊した。産業界も中国特需で一息ついたとはいえ、さらにその先を見据えると明るさは見えてこない。それでも全国の平均的な市町村と比べれ、三条市は依然としてはるかにしっかりとした地場産業に恵まれているが、市民はどうしても「古き良き時代」と比べて今を嘆いてしまう。

国定氏は三条市の「古き良き時代」を知らない。昔と比べるから今の三条市に落胆するが、客観的に三条市を評価すれば、今も魅力的なまちのひとつであることに変わりないと、国定氏が教えてくれているようにも思う。三条市はいったん、産業構造を精算、リセットし、ゼロベースで再スタートする時期に来ているのかもしれない。

また、国定氏の後援会の役員には業界の重鎮が名を連ねる。その役員から見れば国定氏は子ども、下手すれば孫の世代。旧体制から新しい世代への禅譲とみれば、三条市政にとってのパラダイムシフトとなる可能性も秘めている。

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2006年10月13日

数字に弱い人ほど数字に弱い…

「数字に弱い人ほど数字に弱い」byオレ。米大リーグのナショナルリーグの優勝決定戦のテレビ中継でのこと。先に4勝したチームが勝ってワールドチャンピオンを争うが、アナウンサーが言うには、初戦は重要で、過去36回のうち、初戦に勝ったチームは25回勝っているとのデータを披露した。

「なるほど」と素直に聞く性分ではない。違うんじゃね〜の?と思いつつ、放っておくのがふつうだが、珍しく調べてみる気になった。アナウンサーのデータからすると、初戦に勝ったチームがリーグ優勝する確率は69.4%になる。

じゃあ、数学的に初戦が勝ったチームがリーグ優勝する確率の計算を…と始めたが、これが難しく、お手上げ。こんなときの頼みの綱はネット。あるにはあったが、計算式には「Σ」なんか出てきて、ちんぷんかんぷんだが、結果はあった。約66%だ。

69.4%と比べてもわずか約3ポイント差でしかない。36回という母数の小ささから考えても、これは誤差の範囲に楽々と収まっている。つまり、言い換えると、先に1勝したということは数学的にみれば先に1勝した分だけ勝利する確率が上がるが、それ以上の優位性はなく、先に1勝したことが確率以上に優位に働くという数学的根拠はない、ということだ。

もちろん、アナウンサーの言っていることは間違いではないが、視聴者の思考を明らかにミスリードしている。こんなことは日常的にある。

レストランで隣りに座った2人組。ひとりが宝くじはどの番号が当たりやすいだの、どの店が当たりやすいだの、相手に熱ぽっく語っていた。そう主張する根拠は「統計」と言う。統計を否定するつもりはないが、予測にこそ必要な「確率」はいったい、どこにいったんだ!と叫びたくなる気持ちをぐっと抑えているのが辛い。

宝くじの番号が「1111111」だろうが、「5481505」だろうが、確率は一緒なのは説明するまでもない。それでも「1111111」の方が当たりにくいと考える「気持ち」は理解できるが、それを熱っぽく語られると頭が痛くなってくる。

例えば、あなたを含めて無作為に23人を集める。その中にあなたと同じ誕生日(月日)の人がいたら、あなたはきっと、同じ誕生日の人と運命的なものを感じるだろう。

しかし、確率的にみれば、23人すべての誕生日が異なる確率は、ほぼ50%。つまり、23人のグループが2つあれば、1つのグループには(あなたに限らず)誕生日の同じ人が含まれる確率ということになる(自分で簡単に計算したので誤差があるかも)。

しかし、1年は365日あり、23人のグループに同じ誕生日の人がいる確率は、感覚的にはとても50%もあるとは思えない。さらに自分が当事者となり、自分と同じ誕生日の人がいたときは、なおさら。友情やもしかしたら恋が芽生えるかもしれない(笑)。

記者時代、「ことしは26件で昨年の23件より3件、13.0%増えた」なんて書くこともあった。間違いではないが、これも母数があまりにも少ない。「3件増えた」はいいが、「13.0%増えた」と書くことには、なんの意味もないと思いながら、方針には逆らえない。長いものに巻かれる、というのはイヤなので、ギャグだと思って書いていた(笑)。

これでも理科系だ。かといって数学は苦手で好きでもないが、数字、数学に明るくない人ほど、疑いをもたずに数字を鵜呑みにして、時には滑稽なほど数字を信じてしまう。それが「数字に弱い人ほど数字に弱い」のココロです。

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2006年10月11日

北朝鮮の地下核実験で大騒ぎ

北朝鮮の地下核実験で、メディアは大騒ぎ。ニュースに答える一般市民も「とんでもないこと」と声を荒らげているが、予想以上というか、やっぱりというか。

核問題の解決も明記した日朝平壌宣言は4年前。ところが、国内は拉致問題に火が付き、拉致問題が全面解決しんなければ平壌宣言どころではない、ましてや北朝鮮と国交を結ぶどころではないとメディアも世論も強烈に反発した。

当然、核の脅威は覚悟してでも拉致問題の全面解決に取り組むべきと腹をくくったものと思っていたのだが、メディアを見る限り、そうでもなかったらしい。

いずれにしろ、核の脅威が現実になった以上、対応を迫られる。防衛費は大幅増だろうし、それが財政を圧迫、増税にもつながり兼ねない。また、国民全員が人質となったのと同じで、傍観している場合ではない。

もちろん人ごとではない。市町村といったレベルでも核攻撃を想定した防災訓練を行うといった対応が必要になる。北朝鮮が核をもつということは、イコール我が身の問題だ。拉致問題と核問題ではあまりにも次元が違う。

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2006年10月06日

戦争に備えよう?

北朝鮮が地下核実験声明。米国が核関連施設を攻撃、北朝鮮が報復で日本へミサイルを撃ち込む…。核実験が行われるのはほぼ確実。米国の北朝鮮攻撃の可能性は小さいが、国連で孤立する米国。何が起こっても不思議はない。万が一、攻撃があれば北朝鮮の日本への攻撃の可能性は高い。

一歩、間違えは日本が戦争状態に入ることは十分に考えられるが、どれだけリアリティーをもっているのだろう。米国が北朝鮮攻撃を計画したら、日本でも政治家、世論が後押ししそう。日本の上空をテポドンが通過したときでさえ、与野党を問わず一部の国会議員は北朝鮮になぜ反撃しないのかと防衛庁に詰め寄ったと聞く。すでに戦争状態に入る可能性を視野に入れて判断、行動すべきと思うが、何につけても「自己責任」の国。戦争が始まったら自分の身は自分で守るしかないのかも。

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2006年10月02日

ディープインパクト、残念

日本時間の1日未明、フランスで世界最強馬を決める凱旋門賞が行われた。あまり競馬に興味はないが、ディープインパクトの速さを科学的に分析する番組なんかもあって、かなり期待してNHKの生放送番組にかじりついたが、残念な結果に終わった。

番組では盛んに力を出し切った結果というような話をしていたが、レース後の武豊は明らかに不機嫌な様子だった。

それにしても、なぜNHKが放送したのだろう。てっきり民放になると思っていた。生中継のために、きっと放映権料を払ったはず。受信料の不払いの増加、さらにはチャンネル削減が検討されるNHK。そんなところに金を使っている場合かと思うのだが。

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