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忌野清志郎の死を受け止める(1)

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早朝、電話の音にたたき起こされると、母を亡くしていた。77歳だった。それから四十九日を過ぎたが、今なお気持ちの整理がつかない。その間にも思い入れの大きな人の死があった。それについて書くことで、少しでも自分の気持ちに区切りがつけられればと願いつつ、忌野清志郎について書く。

清志郎は喉頭がんにむしばまれた。ちょうど同じころ、柴田恭兵が肺がんにかかったというニュースも伝わった。どちらも衝撃をもって受け止めた。高校時代、二人にあこがれた。二人ともいわゆるスターダムにのし上がり始めたところで、まぶしいほど輝いていた。

その後、柴田恭兵は手術を経て、NHKドラマ「ハゲタカ」で見事に復活。そのドラマのおもしろさについて、このブログでも《NHKの土曜ドラマ「ハゲタカ」に注目》のタイトルで2007年2月19日に書いた。

一方、2006年7月29日に《雨上がりの夜空に》のタイトルで清志郎が病魔に襲われたことについて書いた。清志郎も同じように復活した。Charがホストを務めるフジテレビ721の音楽番組「Char meets ???? 〜TALKING GUITARS〜」で、清志郎がゲストとして元気な姿を見せてくれた。ことし初めにリリースされた間寛平のアースマラソンを応援する清志郎の『走れ何処までも』を、iTunes Storeで即、購入した。まさか再発、それもこんなに早くこの世を去るとは、これっぽっちも考えなかった。

RCサクセションのフォーク時代は、リアルタイムで聴いていない。初めての出会いは多分、NHK FMの「サウンドストリート」で渋谷陽一だったかがかけた『スロー・バラード』。それまで海外のハードロック系ばかり聴いていた耳には新鮮だったし、理性的にはこれは違うと自分に言い聞かせながらも(笑)、感性的には魅かれて何度も聴いた。

大みそかだったかのNHK FMのスタジオライブにRCが出演した。ラジオからも伝わってくる客と一体化したライブパフォーマンスは圧巻だった。カセットテープに録音して、これも何度、聴いたかわからない。

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投稿者 masatosato : 2009年06月10日 10:31

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