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2011年03月20日
【小耳聞き耳】燕市成人式に福島から避難のはたちも
2人がどういう関係かわからないが、燕市から福島へ出掛けていた人が、福島のはたちを燕市へ連れてきたという。燕市教育委員会に問い合わせがあった。福島のはたちを20日行われる燕市の成人へ出席させてもいいですか、と。燕市教育委員会はどうぞ、どうぞ、ぜひ出席してくださいと、二つ返事で受け入れた。
福島で迎える予定だった成人式を、まさか燕市で受けるとは想像をしたこともなかっただろう。燕市が成人式を中止しなかったことも幸いしたわけだ。辛い避難生活だったが、燕市成人式はいい思い出だと、のちに懐かしく振り返るような成人式であってほしい。
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投稿者 masatosato | カテゴリー:コラム | トラックバック (0)
【小耳聞き耳】東日本大震災の避難者にドラマ
燕市内の避難所で18日、県央サティへの買い物ツアーから帰った福島県南相馬市から避難してきた高齢の女性が、にこにこ顔で買い物袋を広げていた。取り出したのなかに、パックに入ったおはぎがあった。「彼岸の入りだから」。
大勢の知り合いを津波で知り合いを失い、原発事故で避難を余義なくされ、命からがら県境の山を越えて遠く新潟まで避難してもきても、彼岸は忘れていない。ひるがえって自分はといえば、地元では彼岸に墓参りをする習慣はあまりないとはいえ、一昨年、母を亡くしているのに彼岸が頭の隅にもなかったのが恥ずかしい。
女性は「命があっただけでもありがたい」と話していたが、彼岸で思い出すのは早くして失った夫のこと。「20年も前に彼岸の21日に亡くなったんだ」。続けて「生きてたって仕方ねー。どうせ一度は死ぬんだ」。
死を免れた喜び。しかしふと一息つけば何人もの失った人たちのことを思い出し、生き残ったことに申し訳ないと感じる。心の傷は深く、大きく揺れている。
地元は放射能で汚染されているため、すでに故郷へ戻ることをあきらめ、「これからこちらでお世話になるので、よろしお願いします」と話す人も。例え地元へ戻れても帰る家すらなく、一から生活を再建するのは困難だ。
避難所へ入ったのは17日。翌日、「きょうもここに居られるんですか?」と高齢の女性に聞かれた。「1カ月以上でも十分、いられるはずですから安心してください」とほっとしていた。この女性は、地元の避難所はコンクリートの上に毛布で、食事も一度におにぎり1個とかなり厳しい環境。それに比べると燕市の環境は天国で、長期滞在が可能であることに、にっこりだった。
鈴木市長のブログにもあるが、道の駅「国上」の駐車場に車をとめて毛布にかぶり、寒さに増るえていた親子を職員が発見し、避難所になっている「てまりの湯」で受け入れると、大きな浴場もあって宿泊が可能な施設に大感激だったと言う。
南相馬市よりさらに南で事故のあった福島原発により近い浪江町から避難してきた小学校5年生は、お年寄りから仕事は何かと聞かれるほど体格が良く、しっかりしている。親は東電で働いているという。東電が港町の経済や雇用を支えて、補助金もあっただろうし、原発は地域に多いな利益をもたらしていた。それが今回の審査では住民に牙をむいた。ちょっと複雑な気持ちになるが、自身はすこぶる元気なのはうれしい。
避難している皆さんから話を聞けば聞くだけ、震災を境にそれぞれにドラマがある。
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2011年03月18日
【小耳聞き耳】放射線量の解説に隠された意図
どうも原発の専門家の放射線に関する解説があやしい。ふだんの日常生活で受ける放射線量の500倍だが、それでもレントゲン検査の数分の1の量なので、健康に心配はないという。放射線の影響を小さく評価しようとするはっきりした意志が見える。
試しに、逆に影響を高く評価するように表現してみる。平常の500倍の放射線量というは文字通り500倍だ。時間軸で換算すると、その放射線量をずっと浴び続けると、17時間でふだんの1年分の放射線を浴びることになる。さらに言い換えれば、1週間で受ける放射線の量は、ふだんの10年分にもなる。
レントゲンの数分の1と言うが、それを量の放射線を受ける時間がキモだ。単位に「パーアワー(/h)」とある。「毎時」、つまり1時間当たりの数値だ。ふだんの500倍の放射線を受け続けるということは、1日5、6回のレントゲン検査を受けているのに等しい。さらに言えば1週間で40回、月に120回ものレントゲンを受けているのと同様の放射線を受ける計算になる。
いずれも同じことを言っているわけだが、どうだろう。専門家の表現の方がごまかしに思えないだろうか。どちらの言い方を取ってもいいわけだが、テレビで接する専門家の意見のほとんどが前者の楽観的な分析ばかり。大半はかつて原発の製造、推進にかかわってきた専門家なので、原発擁護し、被害を低く見積もる方向にバイアスがかかるのは無理からぬこととも言える。
一方で17日は、事故のあった原子炉の開発者がテレビ出演した。東電はまだ隠しているデータがあるはずと指摘し、自身は開発者の責任として人前に出て説明しなければならないと思ったと声を震わせた。報道をうのみにせず、ニュースを素材のひとつとして自分の頭で考えることも大切だ。
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【小耳聞き耳】新たな計画停電の日程は発表されるか
県央地域のほとんどが対象だった18日午前9時から正午までの計画停電は実施を見送られた。午後5時からの計画停電も中止の見通しに。これで当初、発表された16日から18日まで3日間の計画停電はすべて見送られた。
今まで当たり前にあった電気が使えなくなるという事態に不安が広がったが、とりあえず回避でき、家庭、産業界をほっとさせた。
次に気がかりなのは、19日以降の新たな計画停電の日程が発表されるかどうか。泉田知事は期待も込めて避難所を開設した地域で計画停電が行われない見通しを示しており、東北電力の発表が待たれる。
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2011年03月16日
【小耳聞き耳】三条消防長の石巻の知人は無事
14日、三条市消防本部が東日本大震災の被災地、宮城県石巻市へ派遣した緊急消防援助隊新潟県隊を見送った横山敏一消防長。石巻市に知人がいるという。
うろ覚えだが、聞けば消防学校の同期の知人で、ことし11月に同期会があるとかでその知人から案内状が届いていた。緊急消防援助隊が派遣されるような場所だ。横山消防長も安否を気にしていたので、その場でグーグルの安否を調べられるツール「パーソンファインダー(消息情報)」で名前を入力、検索した。
それと思われる名前が見つかったが、肝心の安否情報が入力されておらず、安否はわからず仕舞。しかし、その後も気になって仕方がない。ちょこちょこパーソンファインダーで検索して安否情報に変化がないかチェックしていたが、ついに新情報が入力されていた。
親せきだろうか。その知人と同じ名字の人が、その夫婦は無事であるという連絡をもらったと入力されていた。その連絡が確かなら無事だ。また、「元石巻消防本部消防長」とあるので、横山消防長の知人と同一人物に違いない。
その知人とは個人的にはなんの接点もないが、無事を確認できて妙にうれしい。これをもって横山消防長への無事確認のご連絡とさせていただきます(笑)。
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2011年03月13日
【小耳聞き耳】妹が茨城で被災者に
東北地方太平洋沖地震発生から間もなく、茨城県に住む妹から新潟の揺れを心配するメールが届いた。その後、妹に電話してもつながらず、メールを送信しても返信が届かず。回線が混雑しているからだろうと高をくくっていたら、あとになって被災者になっていたことがわかり、驚いた。
地震発生時は茨城県日立市にいたという。プレハブのような安普請な建物にいて、机の下に入るように言われたが、それ以前に建物が壊れそうで怖かったという。
そこから自宅のある水戸市のマンションまで、同僚3人と車で向かった。ふだんなら45分の道のりに4時間もかかる渋滞。途中、あちこちに段差があり、液状化現象も見られたとか。橋は3本ののうち2本が通行止めになっているなど道路はあちこち寸断されていたようだ。
ようやく帰ったものの、付近は停電で断水。マイカーは立体駐車場で停電では車を出すこともできず、結局、避難所となっていた近所の学校で同僚と3人で夜を明かした。停電で暖房がつかず、毛布一枚を貸与されただけでこごえるほど寒く、明かりひとつない真っ暗闇の中で、寝付きそうになると余震にたたき起こされ、ほとんど眠らないまま朝を迎えた。
朝になって非常食と思われるクラッカーと茶わん1杯の水が支給されたという。なんと、ここまで前日昼から飲まず食わず。実際に家屋や家族を失った被災者とは比べるべくもないとはいえ、相当に過酷な環境だったと思われる。
幸い13日の夕方にはマンションの停電や断水も復旧。その後、妹から電話があり、初めて地震発生以後の妹の被災状況を知ったしだい。一方で、妹は停電のためにテレビで放送されていた地震のニュースにまったくふれておらず、停電復旧後にテレビで目の当たりにした津波をはじめ被害の大きさに驚いていた。
7・13水害のときにも強く感じたがことだが、同じ災害でもそれぞれの立ち位置によって見え方や感じ方はまるで違ったものになる。これから被災地への支援の輪が広がっていくだろうが、互いに相手の気持ちに想像力を膨らませ、思いやることが大事になってくる。
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2011年03月12日
【小耳聞き耳】静まりかえった燕市役所
東北地方太平洋沖地震で、燕市内の被害の状況がどうだろうと燕市役所吉田庁舎へ電話するも、つながらない。話し中にもならず、つながらないのだ。回線が混み合っているのは間違いない。
固定電話ならまだましかと固定電話で試すも、状況は変わらず。地震発生から1時間以上たってもつながらないため、電話をあきらめ、燕三条駅に寄ってから市役所吉田庁舎へ向かった。総務課で鈴木力市長をはじめ幹部職員が集まり、情報収集に当たっているが、やけに静かだ。
まず、テレビがない。今回の場合、市内の被害状況も大切だが、震度4だったのでそれほど大きな被害はないと予想された。次に求められるのは、消防をはじめ関係職員の被災地への応援の派遣だ。その準備にはテレビ、ラジオからの情報収集が欠かせない。ところがテレビがない。災害時用に1台くらい総務課などにテレビを常備してもいいし、臨時でどこかにあるテレビを総務課などに設置しても良かっただろう。
静かな理由がもうひとつ。電話が鳴らないのだ。吉田庁舎は電話回線が少ないなんて話もあるが、いずれにしろ回線が混みあっていて、災害発生から2時間以上たっても庁内の電話が鳴らない。ましてや携帯を使っている人はいない。しかし、筆者はそこで同僚への電話の接続に成功した。それこそがインターネット電話サービスだ。
インターネット電話サービスは、Skypeが有名だが、相手がSkypeを利用していなかったので、今回は新興のインターネット電話サービス、Viberを使った。固定電話を上回るほど音声がいいので、Skypeより広い帯域を使うと思われる。Viberはつながったり、つながらなかったりだったので、Skypeならもっと容易につながっただろう。
地震発生直後からネットを使っていた人はわかるだろうが、電話が使えないときでもネットはふだんと変わりなく、ツイッターも軽快に動いた。Viberはそれと同じネットを使っているのだから、電話よりつながりやすかったとしても何の不思議もない。
問題は、このインターネット電話サービスを市役所が利用できる環境を整備していないこと。多分、三条市も整備していない。大規模災害時は膨大な通信が発生するため、ひとつでも多くの通信チャンネルをもつことが重要で、今回の失態?を景気に整備を進めなければ不作為を問われても仕方ない。
しかもSkypeはWin版とMac版、iPhone版とAndroid版があり、ViberはiPhone版があり、ソフトは無料。おまけに同じソフト同士なら通話料は無料。例えばソフトバンク同士でも午後9時から午前1時までは無料にならないが、その間もSkypeやViberを使えば通話料が無料になる。経費的にも導入を妨げる理由は何もない。セットアップすればいいだけで、いざというときに戸惑わないように日常業務中でも時々、使えばいい。
ともあれ、ここまで読んで何もしなければ不作為を問われても仕方あるまい(笑)。燕市長、三条市長とも若いので、理解してもらえるのではないかと思うのだが。たまには上から目線で建設的に提案してみました。
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投稿者 masatosato | カテゴリー:コラム | トラックバック (0)