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【小耳聞き耳】妹が茨城で被災者に
スポンサードリンク東北地方太平洋沖地震発生から間もなく、茨城県に住む妹から新潟の揺れを心配するメールが届いた。その後、妹に電話してもつながらず、メールを送信しても返信が届かず。回線が混雑しているからだろうと高をくくっていたら、あとになって被災者になっていたことがわかり、驚いた。
地震発生時は茨城県日立市にいたという。プレハブのような安普請な建物にいて、机の下に入るように言われたが、それ以前に建物が壊れそうで怖かったという。
そこから自宅のある水戸市のマンションまで、同僚3人と車で向かった。ふだんなら45分の道のりに4時間もかかる渋滞。途中、あちこちに段差があり、液状化現象も見られたとか。橋は3本ののうち2本が通行止めになっているなど道路はあちこち寸断されていたようだ。
ようやく帰ったものの、付近は停電で断水。マイカーは立体駐車場で停電では車を出すこともできず、結局、避難所となっていた近所の学校で同僚と3人で夜を明かした。停電で暖房がつかず、毛布一枚を貸与されただけでこごえるほど寒く、明かりひとつない真っ暗闇の中で、寝付きそうになると余震にたたき起こされ、ほとんど眠らないまま朝を迎えた。
朝になって非常食と思われるクラッカーと茶わん1杯の水が支給されたという。なんと、ここまで前日昼から飲まず食わず。実際に家屋や家族を失った被災者とは比べるべくもないとはいえ、相当に過酷な環境だったと思われる。
幸い13日の夕方にはマンションの停電や断水も復旧。その後、妹から電話があり、初めて地震発生以後の妹の被災状況を知ったしだい。一方で、妹は停電のためにテレビで放送されていた地震のニュースにまったくふれておらず、停電復旧後にテレビで目の当たりにした津波をはじめ被害の大きさに驚いていた。
7・13水害のときにも強く感じたがことだが、同じ災害でもそれぞれの立ち位置によって見え方や感じ方はまるで違ったものになる。これから被災地への支援の輪が広がっていくだろうが、互いに相手の気持ちに想像力を膨らませ、思いやることが大事になってくる。
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投稿者 masatosato : 2011年03月13日 00:39
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