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【小耳聞き耳】東日本大震災の避難者にドラマ
スポンサードリンク燕市内の避難所で18日、県央サティへの買い物ツアーから帰った福島県南相馬市から避難してきた高齢の女性が、にこにこ顔で買い物袋を広げていた。取り出したのなかに、パックに入ったおはぎがあった。「彼岸の入りだから」。
大勢の知り合いを津波で知り合いを失い、原発事故で避難を余義なくされ、命からがら県境の山を越えて遠く新潟まで避難してもきても、彼岸は忘れていない。ひるがえって自分はといえば、地元では彼岸に墓参りをする習慣はあまりないとはいえ、一昨年、母を亡くしているのに彼岸が頭の隅にもなかったのが恥ずかしい。
女性は「命があっただけでもありがたい」と話していたが、彼岸で思い出すのは早くして失った夫のこと。「20年も前に彼岸の21日に亡くなったんだ」。続けて「生きてたって仕方ねー。どうせ一度は死ぬんだ」。
死を免れた喜び。しかしふと一息つけば何人もの失った人たちのことを思い出し、生き残ったことに申し訳ないと感じる。心の傷は深く、大きく揺れている。
地元は放射能で汚染されているため、すでに故郷へ戻ることをあきらめ、「これからこちらでお世話になるので、よろしお願いします」と話す人も。例え地元へ戻れても帰る家すらなく、一から生活を再建するのは困難だ。
避難所へ入ったのは17日。翌日、「きょうもここに居られるんですか?」と高齢の女性に聞かれた。「1カ月以上でも十分、いられるはずですから安心してください」とほっとしていた。この女性は、地元の避難所はコンクリートの上に毛布で、食事も一度におにぎり1個とかなり厳しい環境。それに比べると燕市の環境は天国で、長期滞在が可能であることに、にっこりだった。
鈴木市長のブログにもあるが、道の駅「国上」の駐車場に車をとめて毛布にかぶり、寒さに増るえていた親子を職員が発見し、避難所になっている「てまりの湯」で受け入れると、大きな浴場もあって宿泊が可能な施設に大感激だったと言う。
南相馬市よりさらに南で事故のあった福島原発により近い浪江町から避難してきた小学校5年生は、お年寄りから仕事は何かと聞かれるほど体格が良く、しっかりしている。親は東電で働いているという。東電が港町の経済や雇用を支えて、補助金もあっただろうし、原発は地域に多いな利益をもたらしていた。それが今回の審査では住民に牙をむいた。ちょっと複雑な気持ちになるが、自身はすこぶる元気なのはうれしい。
避難している皆さんから話を聞けば聞くだけ、震災を境にそれぞれにドラマがある。
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投稿者 masatosato : 2011年03月20日 03:13
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